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僕が憧れた元木大介と将来のスター候補生たち
《2005-10-04 | 脱力系時事通信


◆巨人・元木が引退を表明−今後は未定>SANSUPO.COM

 僕が甲子園を観ていて、「こ、こいつは、すげー」と驚愕させられたのは、清原・桑田と、元木大介、松井秀喜である(全部巨人だな)。立浪・片岡・野村・橋本時代のPLや松坂に関しては、何故かその年あまり甲子園を観ていなかったので、実はよく知らない。

 で、この中で一番熱心に応援したのは、上宮の元木かもしれない。そのオーラというかポテンシャルは他とはまったく違っていたと記憶している。僕は種田も含め89年春夏の上宮の大ファンだった。

 しかし、ちやほやされていい気になったのか、元木は最後の夏に、ピッチャーフライを打ち上げたがろくすっぽ一塁まで走らずになかばベンチに戻るように形だけの小走りをしていたら、ピッチャーが落球し、一塁転送でアウトととなるなど、その異端児ぶりの片鱗は見せていた(ちなみにキャプテンだった)。あげく1989年のドラフト大豊作の年にダイエーから1位指名を受けるも、きっぱりと入団拒否。あくまで巨人にこだわり、ハワイで1年間自主トレをしていた話は有名。その時点で僕は「何様だコイツ」と嫌いになってしまった。

 しかしプロ入り後も完全なまでに嫌われ者キャラに徹するその役者ぶりは、ある意味見事だったのではないかと思う。そもそも嫌われるということは、それだけの“何か”を持っているわけだからだ。巧みな右打ちの技術とかチャンスに強いとか、細かなルールまで把握している(僕が知ってる中で一番クレバーな選手だと思う。ちなみにバレーボールのセッター向きのキャラクターだとも思う)、心理的な隙をつくトリッキーなプレー、そしてあのふてぶてしい態度と人をバカにするような憎たらしい笑顔、背番号『2』が似合わない(当初、93年ドラ1の松井が“王と長嶋に挟まれた番号”ということで『2』番をつけるという案もあったが、松井はご存知『55』になったため、元木がその『2』を選んだという説もある)、などなど。

 若干、新庄とかぶる部分もないではないが、新庄のようなスター選手、注目選手になれなかったわけは、元木が野球を知りすぎているためか、地味な仕事っぷりが多かったことと、彼が巨人にこだわりすぎたため、レギュラーになれなかったことが挙げられるだろう。しかし、この“元木らしさ”というのは、レギュラーで常時試合に出ていては、逆にかすんでしまっていたかもしれない。多分、プレーヤーとしての元木は、この程度の成績とクセ者としての存在感がベストだったのではないかと思う(通算本塁打が66というのはさみしいが。ちなみにかつての同僚、種田は今日現在までで69本塁打)。まあ、とにかくお疲れ様といったところだろうか。

平田くんと辻内くん そして今日、そんな元甲子園のアイドルと入れ替わるかのように、38人の高校生がプロからの指名を受けた。1989年までとはいわないが、今年は高校生豊作の年といわれている。高校生ルーキーはそれだけで何かとさわやかなイメージを放っているものだが、もちろんこの中には将来黒々とした人間に成長し、“番長”とか“くせ者”なんて呼ばれたりする選手が出てくるのだろう。

 オトナになるって嫌だね。

◆ドラフト会議2005>スポーツナビ

◆元木大介>Yomiuri Giants Official Web Site

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